第127回 (平成24年8月号)
個別定年延長制度?
「不公平ではなく、業務上の合理的な措置です」
個別定年延長制度?
「不公平ではなく、業務上の合理的な措置です」
SRネット沖縄(会長:上原 豊充)
相談内容
L社の財務部長と営業部長は同い年の59歳、入社もF社長同様にL社創業からとなっています。そろそろ2人に定年の話をしなければならないF社長は、本社に再雇用についての条件を打診していました。数日後、本社から届いたメールを見たF社長は驚き、そして頭を抱えてしまいました。そこには、財務部長は、定年延長で現在と同条件、営業部長は現在の年俸の50%という内容が書かれていたからでした。確かに、財務部長には後継者がなく、営業部には有能な課長がいて、本社としては高給取りの営業部長を以前から嫌っていた傾向があります。「これは困った…どう話をつけよう…財務部長は意図的に部下を育てていないところがあるしなぁ…」F社長は営業部長が納得するような理由を考え続けることになってしまいました。
3日後、意を決したF社長は、別々に二人を呼んで話をしました。財務部長は「そう言われるならやってあげましょう」的な感じで胸を張り居丈高でしたが、後継者の育成が必須課題であることを念押しすると、顔をしかめました。
一方、営業部長は自らの処遇については納得しましたが、話が財務部長のことに及ぶと、「それはおかしい、あいつは意図的に部下をつぶしているのに、それがこの評価になるのはおかしい、あいつも再雇用で役割を果たすべきだ!」とかなりの勢いでF社長を攻撃しました。「しかし、君の負荷は軽減されるし、勤務もフレックスで構わないんだよ、財務部長にはこれまで通りの職責と拘束をもってやってもらうわけだから、再雇用というわけには…」と歯切れの悪いF社長です。「いや、これは一種の退職勧奨ですよ、本社の言いなりで、社内事情を考えずにそんなことばかりやっているから、社員が定着しないのですよ、わかりました、私が辞めればよいのでしょう…」営業部長は席を立ちました。
相談事業所 組合員企業L社の概要
-
- 創業
- 平成10年
- 社員数
- 89名 契約社員5名
- 業種
- 半導体関連部品の輸入販売
- 経営者像
L社のF社長は59歳、外資系のL社立ち上げから代表を務めています。何事にも本社の意向が強く働くため、社内ではお飾り的な社長に甘んじているところがありますが、「それも仕方ない」と割り切っているF社長でした。
トラブル発生の背景
再雇用の話をすると財務部長が辞める、形だけ両名とも再雇用としても条件が不公平。
F社長としては、両名を活かすことは無理で、どちらをとるか、という戦法に出たのでしょうか。個別定年延長が社内ルールとして成り立つのかどうか、会社として人材の必要性をどう判断するのか、また定年までの管理職の職責など、L社には今後改善すべきことが山積しているようです。
経営者の反応
「やはりF社長はだめだね」「財務部長を切るべきだよな。みんなが嫌っているのを知らない?」どこから話がもれたのか、L社では二人の噂でもちきりです。社員達は営業部長に同情し、F社長抜きで盛大な送別会を開催しようと盛り上がっていました。しかし、この騒ぎの中で、営業部長は冷静にL社への報復を考えていました。F社長に対しては「すべて本社の意向ではなく、日本の法律や慣例で物事は判断すべきであり、私に対する扱いについては、司法の考え方を聞きたいと思っています」と通告していました。
F社長は、社内の雰囲気と営業部長の動向が気になり、何度が本社に連絡しましたが、決定事項が覆ることはなく、逆にF社長の指導力が問われるような事態となる始末です。
困り果てたF社長は、事態の収拾と今後の労務管理のあり方について、しかるべき相談先をみつけようと、インターネットで検索を始めました。
弁護士からのアドバイス(執筆:中村 昌樹)
L社は、高年齢者の安定した雇用の確保等を図るための措置を適正に取っておられなかったようですね。
急速な高齢化の進行等に対応し、高年齢者の安定した雇用の確保等を図るため、高年齢者雇用安定法の改正により、平成18年4月1日から、事業主は、?定年の引上げ、?継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望しているときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度)の導入、?定年の定めの廃止、のいずれかの措置を講じることにより、65歳までの安定した雇用を確保することが義務づけられています。
実務では?の継続雇用制度を採用する例が圧倒的に多いようです。
高年齢者雇用確保措置の義務化の対象年齢である「65歳」という年齢は、男性の年金(定額部分)の支給開始年齢の引上げスケジュールに合わせ、平成25年4月1日までに段階的に引き上げていくものとされていましたが、平成21年4月1日以降に60歳定年に到達する者については、65歳が雇用終了年齢とされることになります。
前記?の継続雇用制度を採用する場合、事業主は、当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合(ない場合は労働者の過半数を代表する者)との協定により、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定め、当該基準に基づく制度を導入したときは、継続雇用制度導入の措置を講じたものとみなされます(高年雇用9?)。対象者の基準の定め方については、原則として、労使に委ねられていますが、事業主が恣意的に継続雇用を排除しようとするものや、他の労働関連法規に反するまたは公序良俗に反するものは認められません。
望ましい基準としては、労働者自ら基準に適合するか否かを一定程度予見することができ、到達していない労働者に対して能力開発等を促すことができるような具体性を有するものであり、かつ、企業や上司等の主観的な選択ではなく、基準に該当するか否かを労働者が客観的に予見可能で、該当の有無について紛争を招くことのないよう配慮されたものであることが望ましいとされています。
改正高年齢者雇用安定法違反の効果
改正高年齢者雇用安定法においては、事業主に定年の引上げ、継続雇用制度の導入等の制度導入を義務付けているものであり、個別の労働者の65歳までの雇用義務を課すものではないとされています。
西日本電信電話定年制事件(大阪地判平21・3・25)においても、高年齢者雇用安定法9条は、私人たる労働者に、事業主に対して、公法上の措置義務や行政機関に対する関与を要求する以上に事業主に対する継続雇用制度の導入請求件ないし継続雇用請求権を付与した規定(直裁的に私法的効力を認めた規定)とまで解することはできないとして、定年退職者からの雇用契約上の地位の確認請求および損害賠償請求は棄却されました。したがって、継続雇用制度を導入していない60歳定年制の企業において、平成18年4月1日以降に定年を理由として60歳で退職させたとしても、それが直ちに無効となるものではないと考えられます。
しかしながら、適切な継続雇用制度の導入等がなされていない事実が把握された場合には、改正高年齢者雇用安定法違反となりますので、公共職業安定所を通じて実態の調査が行われ、必要に応じて、助言、指導、勧告が行われることになるでしょう。
また、高齢者雇用確保措置を全く講じなかった場合は、不法行為として損害賠償責任を負う可能性も残ります。
L社は、営業部長の申告により、公共職業安定所の調査、助言、指導、勧告を受けるおそれや、営業部長より、損害賠償請求を求められる危険性があると言わざるをえません。
L社は速やかに、現在の労使協定内容を見直し、運用可能な継続雇用制度の導入をすべきでしょう。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:上原 豊充)
改正高年齢者雇用安定法により、平成18年4月1日から、65歳未満の定年の定めをしている事業主は、高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、定年の引き上げ、継続雇用制度、定年の定めの廃止のいずれかの措置を講じなければなりません。
定年の引上げは、定年年齢の引上げによる雇用確保措置の導入であり、定年が引き上げられることにより、定年退職年齢が従来の60歳から65歳に変更されることになります。
定年の定めの廃止は、従来の60歳をもって雇用の終期である定年と定めていた制度を廃止するものです。
継続雇用制度とは、企業が現に雇用している労働者が定年に達した時点で、本人が希望するときは、その者を定年後も引き続いて雇用する制度のことをいい、継続雇用制度は、「再雇用制度」と「勤務延長制度」の2つに分けられます。
再雇用制度とは、定年到達者をいったん退職させ、再び雇用する制度をいいます。その際、新たな雇用契約において、賃金等の労働条件を定年前とは異なる内容で締結することが可能となります。
勤務延長制度は、定年到達者を退職させることなく、引き続き雇用する制度です。再雇用制度とは異なり、定年による労働条件の見直しは難しく、原則的には、定年前の労働条件と同一の内容で継続雇用していく形態です。
定年とは「労働者が一定の年齢に達したことを退職理由とする制度」で、定年制を設けるか設けないかは会社で決定することになります。退職に関することは、必ず就業規則に記載しなければいけない事項(絶対的必要記載事項)になっており、定年の定めをする場合にも就業規則に記載する必要があります。
企業は、これらのいずれかの方法を導入すればよいことになりますが、問題はこれらの方法の2以上の措置を併用することが可能か否かです。 例えば、定年の引上げ措置と継続雇用制度を併用しようとする場合、定年の引上げを導入するのであれば、就業規則上の定年年齢を従来の60歳から65歳に変更する必要があります。
ところが、継続雇用制度は、労働者が定年に達した時点で、本人が希望する場合には、その者を定年後も引き続き雇用することですから、就業規則上の定年年齢は、従来の60歳ですので、両制度の内容をどのように就業規則上規定するか、という問題が残ります。
安西愈弁護士によりますと、「これらの雇用確保措置は、全従業員一律の制度でなければならないわけではない。企業内で職種や職務上の地位に応じて各種の高年齢者の雇用確保措置を区分して実施することも合理性があれば差し支えない」とされています。職種や職務上の地位等に応じて、両制度を区分適用することは十分可能だとしても、あらかじめ就業規則上規定されていることが前提になると思われます。
さて、本件について検討いたしますと、L社のF社長が同時期に定年を迎える財務部長と営業部長に対し、雇用確保措置についての条件として、一方には継続雇用措置としての再雇用形態、他方には定年の引上げ措置としての個別定年延長形態を打診したことについては、同社における高年齢者雇用確保措置の形態として、定年延長、継続雇用の両形態があり、その対象者の基準等について就業規則であらかじめ明確にし、労働者全員に周知させ、ルール化されていれば、その適用区分の具体的な理由が後継者問題等社内事情に基づく事業主の合理的な裁量の範囲であり、そのこと自体については法的な問題はないものと考えられます。
しかし、営業部長を定年延長ではなく継続雇用にせざるを得ない実際上の理由が、高給取りの営業部長を以前から嫌っていた傾向のある本社の指示であること、さらには、後継者の育成という管理者の重要な職務を成し遂げた営業部長よりそうでない財務部長を優遇するという評価の仕方については何ら合理性がなく、厚生労働省の改正高年齢者雇用安定法Q&Aで記述する具体性・客観性を欠くものであり、改正高年齢者雇用安定法の趣旨に抵触するものであると思料されます。
継続雇用制度における対象者の選定基準については、事業主の恣意的な運用を排除するために、労使で十分に協議して労使協定で定めることになっており、同社においても当然就業規則および労使協定で定める基準により対象者の選定を行うべきであり、本件のような選定方法は他の社員に対しても不信感を与え、社員のモチベーションの低下につながるおそれがあります。
同社における今後の課題としては、就業規則および労使協定の見直しを行い、同社の高年齢者雇用確保措置における定年延長形態および継続雇用形態の定義やその適用の基準について具体的、客観的に明確にし全労働者に周知する必要があります。さらにF社長の確固としたリーダーシップの確立による公平・公正な労務管理の徹底が重要であると考えられます。
税理士からのアドバイス(執筆:中村 昌樹)
本件は、同時に定年を迎える二人の社員について、財務部長は定年延長と給与等条件の継続に対し、営業部長は定年退職後に年俸を50%減額して再雇用するという会社の打診に対し、これを不満として営業部長が退職するという案件です。以下では定年時に支給される退職金について税務上の考え方を整理し、定年延長等雇用形態の多様化で会社はどのような点に留意しなければならないかを説明します。
所得税法は、退職所得について「退職手当、一時恩給その他の退職により受ける給与、およびこれらの性質を有する給与に係る所得をいう」と規定し、解雇予告手当等名称の如何を問わず退職に基因して一時に受け取る給与を退職所得としています(所法30)。
そして、退職金は継続的勤務に対する報償ないし給与の一部の一括後払い的な性質を有し、退職後の生活の原資になることから、退職所得控除制度によって累進税率の適用が緩和されています。ここでいう退職所得控除は、勤続年数20年までは1年に付き40万円、20年を超える部分については1年に付き70万円の控除額とされています。なお、退職所得控除額が80万円に満たない場合は80万円とし、障害者になったことに直接基因して退職したと認められる場合には100万円加算した金額とされます。そして、退職所得の金額は、その年中の退職手当等の収入金額から上記退職所得控除額を控除し、残額の二分の一に相当する金額となります。
まず、営業部長の場合について説明します。営業部長は、年俸50%減のフレックスタイムによる勤務条件を拒否し、定年を境に会社から退職する意思を固めた事が窺われます。定年退職に伴う退職給与の支給であれば、会社は通常の退職所得課税の計算をすることになります。また、仮に本人が再雇用を選択した場合、その後は既往の在職年数を加味しない事を前提に退職給与を打切支給した時も同様な取扱いとなります。会社は、通常の退職金支給に伴う手続きに従って「退職所得の受給に関する申告書」を提出させ(提出しない場合は支払いを受ける金額の20%源泉徴収)、上記退職所得控除額を控除した後の2分の1に対し税率を適用して源泉徴収し、翌月10日までに納付することになります。また、特別徴収による住民税については、所得税と同様な計算に基づいて算出した退職所得に市区町村民税6%、都道府県民税4%の税率で源泉徴収(平成24年12月31日までに支払われる退職金は10%の税額控除あり)し納付することになります。
次に、経理部長のケースについて説明します。給与等同一条件による定年延長の対象になったということですが、退職金支給の有無について記述がありません。ここで想定されるのは、退職金を支給しないで勤務の継続がなされたと考えられ、退職金課税の問題は生じません。しかし、営業部長と同様に退職給与を打切支給し、その後の雇用に関連して既往の在職年数を加味しない事が退職金規程で記述されているような場合、前述の営業部長と同様な退職給与の支給に伴う源泉徴収による課税関係が発生することになります。
近年「高齢者等の雇用の安定等に関する法律」に基づき、従来の60歳から定年年齢を65歳に引き上げる会社が見受けられます。こうした変更に際し、退職年齢の延長により退職給与の支給時期が延長される場合と、退職給与を打切支給した場合とでは退職金課税の時期が異なることになります。
会社は、課税上のトラブルを防止するためにも退職給与規程を整備し、退職給与を支給した日の属する事業年度の損金の額に算入する経理処理および「退職所得の受給に関する申告書」の受領・保存をしておく必要があります。また、退職者が役員の場合には退職所得の源泉徴収票・特別徴収票を所轄税務署および退職者の住所地の市町村に提出する必要があります。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット沖縄 会長 上原 豊充 / 本文執筆者 弁護士 中村 昌樹、社会保険労務士 上原 豊充、税理士 中村 昌樹