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第125回 (平成24年6月号)

母子家庭への配慮?
「どこまで我慢するべきか…」?!

SRネット石川(会長:菊池 寛治)

相談内容

「3ヶ月前に社員登用したAさんですが、先月5回、今月は8回遅刻、欠勤が3日、有給休暇はすべて消化しています。いずれも子供が病気、体調が悪い、という理由ですが、どうしたものかと…」O社の総務部長がW社長に相談しています。A社員は、パートタイマーとして採用され、1年間の勤務が評価されて正社員に登用されました。しかし、その後の勤務状況が悪く、かといって本人は「子供のせいですから…」と悪びれる姿勢もみせません。総務部長も様子をみていましたが、ついにW社長に相談したという経緯です。

「普通の社員なら始末書、降格というところか…解雇はできないしな…」とW社長。「しかし、パートからも不満が出始めています。あれで正社員かと…」総務部長が顔をしかめました。W社長と総務部長はあれやこれやと話し合った結果、A社員を再度パートに格下げすることにしました。

翌日、総務部長はA社員を呼んで、正社員の勤務条件を履行していないことを理由として、週4日勤務のパートへ契約を変更することを通知しました。案の定、A社員は、たまたま子供の具合が悪いのであって、自分はきちんと勤務できると泣きながら訴えましたが、「それでは子供が具合悪くなったときにどうするのか」という質問に答えることができず「考えさせてください」とその日は帰宅しました。「あれから1週間、Aさんは出社しないね、もう会社には来ないのかもしれない…」とW社長と総務部長が談笑しているところへ、A社員からの内容証明郵便が届きました。その内容は、母子家庭の私に不当な労働条件の変更を押し付け、暗に退職勧奨したこと、この精神的苦痛に対して慰謝料を払えというものでした。

相談事業所 組合員企業O社の概要

創業
平成5年

社員数
21名 パートタイマー8名

業種
空調工事業

経営者像

O社のW社長は62歳、冷暖房設備の会社を立ち上げて間もなく20年になります。高齢者や母子家庭の母親などを積極的に雇用し、可能な限り公的助成金を受けられるような事業展開を行っています。創業以来社員を解雇していないことがW社長の自慢でした。


トラブル発生の背景

会社のルール、社員の境遇、人情、いろいろな要素が絡み合った事件です。他の社員のことを考えると対応が難しく、最初に条件設定をしておくべきでした。

これからは、雇用形態の変更、正社員の区分設定など、正社員のあり方についても、検討する必要があるのかもしれません。

経営者の反応

「慰謝料100万円だと!」W社長と総務部長は驚きました。A社員の文面は、弱者を踏みにじる極悪のO社という視点で書かれています。

客観的にこの文面だけをみると、「それはO社が悪い」となりそうな勢いです。そのためか「助成金のことを考えると、話し合って50万円位で示談したほうがよくないかな…」というW社長に対し、「いえ、会社が折れる必要はないと思います、実際に無断欠勤をしているのですから、また、彼女には特別にマイカー通勤まで許可していたのですよ」と強気の総務部長。「しかし、ショックで会社に行けなかったと書いてあるぞ」とW社長。

二人の議論は続きますが、お互いが納得する結論がなかなかでません。W社長は円満に、総務部長はA社員の言い分自体が成り立たない、というものでした。最終的に、これ以上話してもムダと分かった二人は、信頼できる相談先を探すことで合意しました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:二木 克明)

本件では、労働基準法の妊産婦に関する規定や、育児・介護休業法の理解が不可欠です。国は、少子化対策として、平成21年の改正によって、子育て中の労働者に対する支援措置を更に強化しました。ただし、その規定内容は極めて複雑で分かりにくくなっております。社長や総務部長としても頭の痛いところだと思います。 そこで今回は、母子家庭の保護規定を子どもの年齢別に整理した上で、本件の対応方法について検討することにします。

まず、労働基準法の規定をみてみましょう。

(1)産前産後休暇(子どもが8週間になるまで)
これは既に有名ではありますが、産前6週間(多胎妊娠の場合は14週間)産後8週間は、原則として、就労させることができません。

(2)育児時間(子どもが1歳になるまで)
生後1歳未満の子どもを育てる女性に対し、所定の休憩時間以外に、1日2回(1回30分以上)、請求があれば育児のための休憩を与える必要があります。

次に、育児・介護休業法の規定をみてみましょう。

(1)育児休業(子どもが1歳2月ないし1歳半まで)
育児休業は、従前は子が1歳までしか取得できませんでしたが、平成21年の改正により、1歳2月までの間であれば、その間に1年間、育児休業を取ることができることになりました。また、保育園に入所できない場合等特に必要な場合は、1年6月まで育児休業を取ることができます。

(2)育児のための勤務時間短縮等の措置(子どもが3歳未満の場合)
3歳未満の子を養育する労働者に対しては、労働者の希望があれば、原則として、残業を命じることができなくなりました。また、労働者の希望があれば、1日の労働時間は原則として6時間に短縮するなど、短時間勤務制度を導入しなければならなくなりました。ただし、現実的にはそこまで短縮できない、という職場については、フレックスタイム制か始業終業時刻の繰上げ・繰下げあるいは託児施設の設置運営等の制度で代えることができます。

(3)子の看護休暇(子どもが小学校入学前の場合)
小学校就学前の子どもを育てている労働者は、該当する子どもが1人の場合は年5日、該当する子どもが2人以上いる家庭では年10日まで、子の看護のための休暇を取得することができます。これは、有給休暇と別に取得できるものです。

(4)子育て支援の努力義務(子どもが小学校入学前の場合)
また、3歳以上の未就学児童を育てている労働者については、(2)に記載した制度を導入するよう努力する義務があります。

(5)施行日について
上記(2)と(4)については、常時雇用者100人以下の事業主や労働者については、平成24年6月30日から施行される予定になっております。それまでは、3歳までの子どもを養育する労働者について、?短時間勤務制度、?所定外労働免除、?フレックスタイム制、?始業・就業時刻の繰上げ・繰下げ、?事業所内託児施設の設置等、?育児休業に準ずる措置の中のどれか一つを講じればよいことになっておりました。

以上を踏まえて、本件を考えてみましょう。

正社員からパートへの格下げについて
これは、代わりの職場を与えるものですから、解雇ではなく、降格ないし配置転換の一種と思われます。

この場合も、解雇ほどではないとしても、合理的理由がなければなりません。この点、Aさんの遅刻や欠勤はいずれも子どもの看護や世話のためと思われますが、その一方で、勤務時間の短縮は本人の希望があればむしろ制度趣旨に合致しますので、これらを踏まえて合理性を判断することになります。

子どもの看護等を理由とする遅刻や欠勤の評価について
Aさんについては、子どもの年齢が分かりませんので、場合を分けて考える必要があります。

もし、1歳未満の子どもを育てているのであれば、1日2回30分の育児時間を設けなければならないことになります。そうなると、もしそれが30分以内であれば、その時間は請求があれば育児のための時間にすることができたはずでした。

また小学校未就学の子どもを養育しているのであれば、子の看護のための休暇として年休とは別に年5日の休暇を与えなければなりません。欠勤3回はいずれも子の看護のためのものですから、それを理由に不利益処分をすることは問題です。

一方、この会社の従業員はパートを入れても30人おりませんので、現時点では、平成21年の改正法がまだ適用となりません。ただし、もう間もなく適用になりますので、子どもが3歳未満なら原則として短時間勤務制度を導入しなければならなくなりますし、3歳からの未就学児童であったとしても、同様の努力義務が生じる訳です。

本件処分の効力
以上を踏まえると、Aさんの子どもが小学校就学前であった場合、本件処分の効力については、訴訟になれば社長は苦しい立場に追い込まれそうです。

そこでこのような場合、労働局のあっせん制度を利用するなどして、十分な話し合いをして解決するのが適当です。

ただし、慰謝料請求についてまでは、本件では不要ではないか、と思われます。というのも、慰謝料とは会社のやり方が不法行為に当たる場合に初めて発生するもので、本件はそこまで悪質な事案ではない、と思われるからです。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:菊池 佳寿代)

まず考えなければならないのは、Aさんは正社員に採用される1年前からの勤務成績が評価されて正社員に登用されているのですから、他のパートさんと比較しても勤務成績が良かったことになります。ところが、正社員になった途端に遅刻、欠勤が続くということはあまり考えられないケースです。パートの際には時間給であることが多いことから、不就労の際には給与が支給されませんが、正社員では月給制となることが多く、完全月給制であるならば、遅刻、欠勤等で賃金を控除されることがないため、Aさんの意識に変化が生じたのでしょうか。また、本当に家庭の事情等特別な理由があってのことなのでしょうか。ともあれ、家庭の事情等であるならば、会社に対しての態度が悪びれないのも不思議な気がします。

ただし、月給制といっても完全月給制の社員は比較的会社の上層部の社員で、通常は毎月の稼働日に限らず、基本給等を固定して支払うということで、もちろん不就労の場合には不就労日の分や時間は賃金を控除するノーワーク・ノーペイが大半です。O社の場合、パートから正社員に登用する際、賃金をはじめ新たな労働条件の変更について、具体的に明示してなかったのでしょう。月給制といっても「不就労の場合には賃金を控除する。」旨の記載があれば、案外このような問題が生じなかったとも思われます。また、賞与支給の際「欠勤、遅刻等は重要な評価基準とする。」旨の記載も必要だったのかもしれません。

パートの際には真面目だったのに、正社員になってから頗る勤務成績が不良になったということは、通常あまり考えられません。普通は「正社員に登用されて益々意欲満々頑張っている。」となるべきところ、なぜそのようになったのか、「パート時代は母子家庭であるがゆえ、生活費のために頑張ってきたが、今までのように頑張らなくても生活ができるようになった。」など、Aさんに正社員登用後何らかの変化があった可能性もあります。いずれしても、「正社員の勤務条件を履行していない」との理由でパート勤務に変更する前に、本人ともっと踏み込んで話し合うべきであったでしょう。

無断欠勤なら問題になりませんが、真実か否かは別としてAさんが何らかの理由を主張する以上、会社が一方的にパートに戻すことは不利益変更となり、本件の原因をつくるべく危険極まりない行為と言わざるを得ません。真意を確かめるために慎重に話し合いをすれば、本当の理由が明確になり、O社の意向に沿った新たな契約が成立できた可能性があります。

国は助成金を支給して非正規社員を正社員に登用することを推し進めており、意欲能力のある人材が長く非正規社員としてその能力を十分発揮できないことは社会の損失であるとし、また、非正規社員は正規社員に比べて労働条件において見劣りすることが多く、改正労働契約法案等においても非正規社員のような弱者を長く置くことを禁止する傾向にあり、Aさんを社員登用したO社の判断は正かったと思われます。ただし、理想論のみでは語れない本件のようなケースが発生することも予想し、「正社員登用規程」等をあらかじめ作成しておくべきであったと思われます。その中では、パートタイマー等非正規社員が正社員として登用を希望する場合には、一定の期間の勤務評価はもちろん、本人の意欲等を考慮し、必要なのは登用後の勤務成績如何ではパートタイマー等に戻すことも視野に、より具体的な正社員としての勤務条件を記載すべきであったと思われます。

一般的に「正社員としての勤務条件」などと記載のある就業規則は見たことはありません。正社員であるなら「当然」が意味するところです。ところが、パートタイマーからの登用となるとそうばかり言っていられません。パートタイマーで正社員を希望する従業員の士気を高めるためにも、是非今からでも作成することを提案します。

本件は、社員登用後の処遇等がパートタイマーであったときに思い描いていたものと異なっていたことが原因なのかもしれません。正社員に成るや、責任が想像していた以上に重く、また、パートタイマーであった時と比較して人間関係等でも何か大きな変化があったことなどが想定されます。厳しく対処することも時には必要ですが、原因をきちんと掌握しなければ、根本的な解決にはなりません。パートタイマーが多いO社にとって、非正規社員の有効活用が、今後の経営に重要であることを踏まえ、勤務形態変更について慎重に対処することが必要でしょう。 

税理士からのアドバイス(執筆:村上 博丈)

本件で想定される税務上の留意点について触れていきます。

A社員への慰謝料が発生した場合の課税関係
(1)O社が支払った慰謝料
? 法人税上の取扱い
裁判等の然るべき手続きを経て確定した金額であれば、客観性のある金額と考えられますので、O社の必要経費として損金算入することに問題はないと考えます。しかし、金額の算定根拠が不明確であったり、客観性に欠く場合は寄附金認定される可能性があります(法人税法第37条第7項)。

? 消費税上の取扱い
「損害賠償金で、心身に加えられた損害に基因して支給するもの」は消費税の計算において、資産の譲渡等の対価に該当しません(消費税法基本通達5-2-5)。

(2)Aさんが受け取った慰謝料
慰謝料は、「損害賠償金で、心身に加えられた損害に基因して取得するもの」に該当するものとして、所得税は非課税になるものと考えられます(所得税法第9条第1項第17号)。ただし、裁判や示談等により確定した一般的に妥当と認められる金額であることも非課税と認められるには必要な条件であると考えます。仮に慰謝料としての妥当額を超えると認定される場合は、その超える金額は、A社員の一時所得になる可能性もあります(所得税基本通達34-1-5)。
退職金扱いで支給した場合でも、O社のこれまでの退職者への支給水準に比して、著しく高額である場合には、退職金としては高額と認められる金額は退職所得控除(所得税法第30条第3項)の適用に制限がかかる可能性もあります。

マイカー通勤の際の通勤手当に対する源泉所得税
(所得税法第9条第1項第5号、所得税法施行令第20条の2)
本件では、A社員はマイカー通勤をしていました。平成24年1月1日以後の通勤手当の源泉所得税の取扱いが改正されていますので、その点に触れていきます。

自動車などの交通用具を使用して通勤する給与所得者が支給を受ける通勤手当については、その通勤の距離に応じ、1ケ月当たり一定の金額(以下「距離比例額」といいます。)までが非課税とされています。平成23年12月までは、交通用具を使用して通勤する人で通勤の距離が片道15キロメートル以上である人が受ける通勤手当については、運賃相当額が距離比例額を超える場合には、運賃相当額(最高限度:月額10万円)までが非課税とされていました。

しかし、平成24年1月1日以後に受ける通勤手当については、それまでの取扱いが改正され、運賃相当額が距離比例額を超える場合に、運賃相当額(最高限度:月額10万円)までが非課税とされる措置が廃止されました。これにより、通勤手当の金額が距離比例額を超える場合には、その距離比例額を超える金額については課税対象となります。(以上、国税庁「源泉所得税の改正のあらまし」平成23年7月より抜粋)

今回の改正により、課税対象の範囲が広がっており、交通用具を使用している従業員の通勤手当の取扱いについての確認が必要です。

助成金を受給した場合の課税関係
(1)法人税
O社が公的助成金を受給した場合には益金となり、法人税が課税されます。また、人件費を補填する性格の助成金であれば、受給日や申請日にかかわらず、その給与の発生した日の属する事業年度の益金の額となります。申告書の作成段階で確定した助成金額が把握できないときは、見積計上を行います。

(2)消費税(消費税法基本通達5-2-15)
事業者が国又は地方公共団体等から受ける奨励金若しくは助成金等又は補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律第2条第1項《定義》に掲げる補助金等のように、特定の政策目的の実現を図るための給付金は、資産の譲渡等の対価に該当しないことに留意します。

税務上のトラブルを避けるためにも、また、会社を円滑に運営していくためにも、従業員によって、または時期によって、同じ事象にもかかわらず、取扱いが異なることのないように規程を整備し、その規程に沿った運用をしていくことが必要です。本件いえば、「パートタイマーから正社員への登用基準」「正社員からパートへの契約変更基準」「通勤手段及び通勤手当規程」等が考えられます。各従業員の背後にある事情は十人十色であり、1人1人に対する配慮も中小企業のいいところではあります。しかし、従業員の会社に対する信頼感やモチベーションにも関わってくる部分でもあるので、不公平のないように、また、トラブルを回避できるように、経営トップ自身が就業規則や福利厚生規程の制定に積極的に関わり、理解しておかなければなりません。

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SRネット石川 会長 菊池 寛治  /  本文執筆者 弁護士 二木 克明、社会保険労務士 菊池 佳寿代、税理士 村上 博丈



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