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第123回 (平成24年4月号)

ファミリーデー!
「子供がけがをしました、治療費は会社に請求してもよいですか?」

SRネット愛知(会長:田中 洋)

相談内容

M社恒例のクリスマスパーティが近づいてきました。会社の行事として10年前から開催しているこのパーティは、社員とその家族をホテルに招待して、ビンゴケームやプレゼント交換などを行い、社員に対する日頃の慰労と社員間と社長と家族のコミュニケーションの活発化を狙ったものです。この10年は、事故もなく社員たちの評判も上々でした。また、R社長が、社員の奥方に毎年誕生日プレゼントを贈っていることもあり、「定年までうちの人を使ってください…」などと、パーティではR社長が奥方たちに引っ張りだこの状態となるため、これがまた快感のR社長でした。

「今年も元気にやるぞ!」と始まったクリスマスパーティでしたが、終盤になって事件が発生しました。次のプログラムの準備のため、小道具をもって出口に走りこんだ幹事役のH社員とトイレから戻ってきたT社員の子供(幼稚園)が出合い頭に衝突、子供が転倒し、大理石の床に頭を強く打ちつけてしまったのです。子供の意識がなかったことから、会場は水を打ったように静かになり、救急車のサイレンで、皆が吾に返って大騒ぎとなりました。

「せっかくのパーティが台無しだな…」とR社長が嘆いていたところに、T社員の妻から電話がかかってきました。なんと、子供に脳挫傷の恐れがあるとのこと、意識が戻っても障害が残るかもしれない、という内容です。R社長は、目の前が真っ暗になりました。「会社が保障するのか?いやぶつかったのは、H社員だから、あいつが保障すべきだな?しかし、おれの立場はどうなる?」考えていると、だんだん訳がわからなくなってしまいました。

その後、病院から一足先に戻ってきたT社員が社長を訪ねてきました。「治療費や入院諸費用がかなりかかりそうです。どうしたらよいのでしょう…」

相談事業所 組合員企業M社の概要

創業
昭和59年

社員数
81名 パートタイマー101名

業種
シティホテルの経営

経営者像

一代でホテル事業を成功させたR社長は65歳、長男が後を継ぐ段取りを整えながら、日夜現場で陣頭指揮をとっています。「いつも社長が見てくれている」という実感が社員たちのモチベーションを自然に上げるようなM社です。


トラブル発生の背景

最近は、職場見学、家族参観日などを開催する企業が多くなってきました。このようなイベントの際に何か起こったら…、と考えるとR社長でなくてもゾッとします。
安全配慮義務の範囲や責任の所在が問われる事件かもしれません。果たしてM社は、事前の段取り、また、開催中に何をどうすべきだったのでしょうか。

経営者の反応

「不幸な事故だ…」と繰り返しながら、T社員を慰め続けていたR社長がふと、後ろを振り返ると、H社員が泣きながら土下座をしています。R社長は、二人をなだめながら、ホトホト疲れ切ってしまいました。T社員もH社員も働き盛りの優秀なホテルマンです。二人を失うことを恐れるR社長は「明日には…明日には…」となんとか二人を帰宅させると、あらためて明日には何らかの説明をしなければならないことに気づき、再び重い気持ちになりました。そこに、長男である副支配人がやってきました。「社長、遅くなりました…」病院や各方面に連絡をとっていたらしく副支配人も疲れていました。しかし、R社長と副支配人はすぐにやらなければと善後策を検討し、ついにSRネットに出会いました。「もう6時か…」と半ばあきらめつつ電話をすると、「はい、SRアップ21本部でございます」と感じの良い声が聞こえ、二人は安心して相談を始めました。電話を切ってしばらくすると、地元のSRネット担当者から連絡があり、二人は事務所へ向かうことにしました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:橋本 修三)

まず、H社員の責任の有無と範囲を考えてみましょう。

本件の子供の負傷は、H社員が走って部屋を出たところ出口にいた子供に衝突してしまったことが原因です。そして、一般人であれば「出口に人がいるかもしれない」と考えて注意をしながら通行して事故を避けるはずなのに、H社員はそうした注意を怠って「出口に走り込んだ」のですから、H社員の不注意な行動は過失が認められ、H社員は子供に発生した損害についての賠償義務を負います。

この点、一般的には被害者側にも不注意があれば過失相殺(民法722条)が適用され賠償額が減少することもありえます。しかし、本件被害者は幼稚園児であり自分の行為責任を判断する能力(事理弁識能力)がありませんから、被害者の親に本件事故に関する落ち度があれば、それを斟酌して減額することになります(最高裁判所昭和42年6月27日判決)。本件では、一応過失相殺の適用はないことを前提として考えます。そうしますと、H社員は損害全額について賠償義務を負います。

次にM社の責任についてはどうでしょうか。

H社員個人が損害全額の賠償義務を負うとしても、仮に損害額が数千万円単位になってしまった場合(子供に重篤な後遺症が残ったような場合には、損害額は高額になりえます)、現実的にH社員が個人で全額を賠償するのは難しいでしょうから、T社員としては、M社あるいはR社長に賠償してほしいと当然考えるはずです。

民法では、企業自身が第三者に損害を与えた場合だけでなく、企業の従業員個人が第三者に損害を与えてしまった場合であっても、一定の要件を満たせば企業にも損害賠償義務を認めてよいと考えられており、具体的には「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」(民法第715条本文、使用者責任)と定められています。この使用者責任は「企業は普段従業員の営業活動によって利益を得ているのだから、従業員の営業活動によって損害が生じれば賠償すべき」という報償責任の考えが根拠になっています。

また、本件の状況は従業員が企業の「事業」の執行について起こした事故といえるのかどうか、については、最高裁判所判例は「事業」の範囲について、本来の事業のみならず「事業執行行為を契機とし、これと密接な関連を有する行為を含む」という判断を示し(昭和44年11月18日判決)、この判断基準は実務上定着しています。

本件で明らかとなっている事情から事業執行との密接関連性を検討すると、M社のクリスマスパーティは、社員への慰労とコミュニケーションの活発化を図るためで行われていたということですから、社員たちの労働の質を上げて本来の事業であるホテルのサービスを向上させるという営業上の効果を期待してのものといえます。開催形式をみても、10年の間に従業員が入れ替わっても途絶えることなく欠かさず開催され、多数の社員が家族ぐるみで参加していることからすれば、単なる個人的な呼びかけというレベルを超えた規模・形態であることは明らかでしょう。そして、H社員の行動は、そのパーティの出し物のために急いだ矢先での事故で、現場もパーティ会場内ですので、これらの事情からは「事業執行行為と密接な関連を有する行為」となるでしょう。

実務では、送別会や慰労会といった酒席での従業員間の暴力や性的嫌がらせに関する会社の使用者責任がしばしば問題になり、不法行為と事業執行行為との密接関連性は、従業員の参加率や会費の出所、勤務時間との時間的接着性などの諸事情が考慮されていますが(東京高等裁判所平成23年1月27日判決等)、一般論としては密接関連性がわりと広く認められる傾向にあります。

以上のとおり、M社は、H社員とともに子供の損害について使用者責任に基づいて賠償義務を負います。そして、もしM社がT社員からの損害賠償請求に応じて損害を賠償した場合には、H社員個人に対して求償請求をすることができます(民法715条3項)。

ただし、必ず全額を求償できるというわけではなく、信義則上相当といえる範囲の金額に限って認められます(最高裁判所昭和51年7月8日判決)。本件では、H社員に重大な不注意があったとはいえ、一応は会社主催のパーティを成功させるために努力した結果の不幸な事故でありますし、普段のH社員は働き盛りの優秀なホテルマンとしてM社に貢献していたわけですから、M社が支払った賠償金額のうちH社員に求償できるのは一部に限定されると考えられます。

最後に、R社長の個人責任についての有無を考えてみます。R社長個人に事故に関して何らかの注意義務違反があれば不法行為が成立し、M社と連帯して損害賠償義務を負うことになります。注意義務違反の具体的内容としては、?本件事故を予見できたことを前提に、?事故回避のための行動をとれば事故が避けられたのに回避しなかったこと、となります。この点、例えば児童がパーティ会場内を走り回ってテーブルの角などで頭を打ったという事案であれば、そうしたケガをR社長は予見できたはずなので、児童に走らないよう注意したり、児童を預かる体制を整えたり、パーティへの参加を一定年齢以上に制限したりする、といった対策を取り得たと思われます。よって、このような防止措置をとらなかったという不作為が不法行為と評価される可能性は十分にありえるでしょう。しかし、本件は、児童が危険な行動をとったわけではなくて、大人であるH社員が突発的に非常識な行動をとってしまったという事案です。普通に考えれば、社会人であるH社員の『暴走』をR社長が予見しえたとも思えませんし、「出入り口付近では走るな」という常識的な注意をあえて社員にする義務があったとも解しにくいところです。

したがって、本件事故に限っていえば、R社長個人が不法行為責任を負うことはないと考えられます。もちろん、子供の事故防止のために主催者が適切な措置を施すべきことは一般論としてはいうまでもありません。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:高江 剛和)

昨今企業組織力の弱体化が指摘されるようになってきています。これは会社組織内でのコミュニケーション不足が大きな要因であるといわれ、さまざまに工夫した社内行事を復活させる会社が増えています。

M社ではR社長のもと創業以来、組織内の結束力強化に積極的に取り組み、人と人の繋がりを大切に、社員の家族をも交えた親密なコミュニケーションづくりをこころがけ、信頼関係を培いモチベーション向上を図ってきましたが、残念ながら不幸な事故が起きてしまいました。

M社、H社員、R社長に関する責任については、弁護士が説明した通りですので、ここでは、会社が主催する行事のあり方について検証してみましょう。

子供の動きは予測不能です。ましてやクリスマスパーティといえば、子供にとって最大級のイベントです。会場内外を走り回ることは、十分に予測されたことです。

事前に会場内での危険箇所、ブラインドになるような場所等を、子供の目線で確認しておくべきでした。危険箇所等が確認されれば人員を配置する等しておくことで、今回のような出会い頭の衝突や、その他の事故を未然に防ぐことができたかもしれません。

また、このような大規模なイベントを行う際は、リハーサル的なことも行ったほうがよいでしょう。

計画段階では、イベントを会社の事業計画の一環として位置づけし、当日の会場の準備から、イベント終了後の後片付けまでを労働時間だと明確にしておくことです。というのも、H社員は会社から指揮命令され、このイベントの幹事役として陣頭指揮を執っていますから、業務を遂行していると解釈され、H社員が事故に遭った場合は業務遂行性が認められますが、その他の社員の業務遂行性が明確でないと、賃金や労災の適用など不安な要素が増えてきます。このようなことにならないためにも、業務の一環としておけば安心ではないでしょうか。

さて、被災者家族へのフォローですが、起こったことを悔やんでも仕方ありませんので、経営者自ら陣頭指揮のもと、迅速な初動体制を確立し、被害者の身になり、誠心誠意をもって対応することが大切です。特に、初動体制の遅れ、部下任せの対応では、社長の誠意が通じず感情的な問題に発展する可能性もあり、不幸な結果を招きかねません。

経営者の責任のもと対策チームを立ち上げ、T社員、H社員両者への適切な対応、さらなる親密なコミュニケーションづくりをこころがけ、最善を尽くすことが求められます。また会社には、社員の生命・身体等を守らなければならないという義務があります。

労働契約法第5条には「使用者は労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮するものとする」と規定されています。このような安全配慮義務という考え方が確立されたのは、最高裁判所の昭和50年2月25日判決です。公務員の職務関係において判例上初めて承認されました。本来は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として、当事者の一方、または双方が相手方に対して信義則上負う義務を指します。その後、私的な雇傭契約に適用領域を拡大し、さらに請負・賃貸借・売買契約や在学契約などでも、その適用が認められてきています。また、当初から直接の契約関係にない当事者間でも、その成立が認められるのではないかとも指摘されています。

社員のお子様であり、M社恒例のクリスマスパーティのなかでの出来事であったとしても、社長の安全配慮義務違反が問われかねない事件でした。

このような事件を二度と起こさないためにどうすればよいのか、そして本件が感情的にもつれる事がないよう、経営者自らが積極的な対応をしていくことが最重要といえます。

税理士からのアドバイス(執筆:川崎 隆也)

本件の税務上のポイントは、行事開催における会社・従業員およびその家族の参加に対する費用負担の問題と、行事全般にわたる企業側の損害賠償義務の負担にあると考えます。

M社は10年前から、自ら経営するホテル内にて、会社の行事としてクリスマスパーティを行ってきたとあります。このことからいたしますと、当行事は会社の業務の一環であると認識できます。その一方で、当該行事へ参加を促す拘束力の判断や、それ以上に、賠償義務の判断等につきましては、税理士として関知するところではございませんので、次のようにポイントを整理させていただきます。?行事の遂行・参加に対する費用負担について、行事への参加を促す強制力による損金性(経費性)の判断、?使用者側が損害を賠償した場合に、賠償義務の有無と賠償範囲に基づく支払額に対する損金性(経費性)の判断、です。

特に、前者?で検討する参加費用の負担につきましては、企業等が収入を得るために必要な支出であることを前提に、その支出が通常必要と認められる適正な支出であるか否か、社会通念上一般的な範囲であるか否か、特定の者に日常の労働の対価として与える特典でないか否か、などの問題を検討しなければなりません。

最近では、企業における成果主義導入の副作用から、「飲みにケーション」の復活もささやかれ、企業および従業員相互間の意思疎通の重要性がクローズアップされています。

企業運営上、社内の団結力は、その業績に大きな影響を及ぼすといわれており、経営者にとって、従業員個人のやりがいとともに、企業としての方向付けを、いかにして調和させていくのか、が経営手腕といって過言でないと思われます。

そこで、本件に戻りますが、当該行事の主旨は、社員に対する日頃の慰労と、社員間と社長、さらには従業員の家族とのコミュニケーションの活発化を狙ったものです。よって、企業として、その組織力を高めるうえに必要な行事であり、その主旨を理解した従業員が、自然発生的に参加する会社行事と思われますので、企業等の収入を得るための基盤つくりのため有用な支出であると思われます。所得税法基本通達36?30により、「使用者が役員又は使用人のレクリエーションのために社会通念上一般的に行われていると認められる会食、旅行、演劇、運動会等の行事を負担することにより、これらの行事に参加した役員又は使用人が受ける経済的利益については、使用者が、当該行事に参加しなかった役員又は使用人に対しその参加に代えて金銭を支給する場合又は役員だけを対象として当該行為の費用を負担する場合を除き、課税しなくて差し支えない」とされています。

また、家族同伴の判断につきましては、たとえば、従業員運動会への家族の参加や、従業員親族への香典等、その福利厚生費自体が、企業が従業員やその家族のために施すものであると解されますので、各人に等しく、また、家族の参加が一般的であるような行事であること、社会通念上一般的に認められる範囲であれば課税しなくて差し支えないと解します。

続きまして、損害賠償金等の損金性(経費性)についてですが、条文上は、事業経営者が個人事業なのか法人経営なのかにより表現および取り扱いが異なります。 まず、個人事業経営者については、事業経営者に故意又は重過失があれば、必要経費には算入しない。そうでなければ、使用人の故意又は重過失の有無にかかわらず、業務上の行為であるのと同様に、業務遂行に関連しない行為に起因するものであっても、家族従業員を除く使用人が行った行為に対し雇用主の立場としてやむをえず行った負担は必要経費に算入されます。

他方、事業経営者が法人である場合は、法人税法基本通達9?7?16(法人が支出した役員等の損害賠償金)において、法人の役員又は使用人がした行為等によって他人に与えた損害につき法人がその損害賠償金を支出した場合には、次によるとします。(1)その損害賠償金の対象となった行為等が法人の業務の遂行に関連するものであり、かつ、故意又は重過失に基づかないものである場合には、その支出した損害賠償金の額は給与以外の損金の額に算入する。(2)その損害賠償金の対象となった行為等が、法人の業務の遂行に関連するものであるが故意又は重過失に基づくものである場合又は法人の業務の遂行に関連しないものである場合には、その支出した損害賠償金に相当する金額は当該役員又は使用人に対する債権とするとします。

まとめますと、法人の業務でない場合や、法人の業務であっても故意または重過失に基づくものは、当該行為を行った者に対する金銭の立替えとし、故意又は重過失に基づかないものに対しては、その者への給与とせず損金(経費)とします。

ポイントの?は、以上により判断することになりますが、先にも触れましたように、その義務が法的にいずれに属するものなのかの判断につきましては、他に譲るものとします。

最後に、一般論となりますが、使用者側での留意点を総括いたします。企業経営者は、常に執り行うさまざまな事象に対し、常にリスクを意識し、対策を講じておかなければなりません。社員旅行を例にとりましても、参加各人に対し、個人での安全対策を促すなど、企業、個人双方がリスク回避できるような配慮が必要と思われます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット愛知 会長 田中 洋  /  本文執筆者 弁護士 橋本 修三、社会保険労務士 高江 剛和、税理士 川崎 隆也



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