第110回 (平成23年3月号)
「再雇用の基準に達していないよ…」
会社の正当性と労働者の納得性は?!
「再雇用の基準に達していないよ…」
会社の正当性と労働者の納得性は?!
SRネット北海道(会長:安藤 壽建)
相談内容
C社の社員には、58歳、59歳という創業当時のメンバーが残っています。
強固な協力体制で開業当時の試練を乗り切ってきたメンバーでしたが、最近では、新しいアイデアに取り組むとき、また、若い社員が入社した際には、必ず何だかんだと横槍を入れてくるようになっていました。「これからは、新しい発想で営業も施工も取り組む必要がある。これまで通りではダメなんだよ」とT社長がいくら言っても、2人とも聞く耳をもちません。「俺たちがいなければ、ここまでの会社にはならなかったよな」といっては、2人でニヤニヤしている始末です。腕の良い職人であることは確かですが、慢心が高じて顧客に対しても非礼的な態度をとることがあり、クレームが多発していました。
「これまでよく頑張ってくれたが、2人とも定年で終わりだな、会社が生まれ変われるチャンスだ、早めに定年退職の話を切り出すようにしよう」T社長は決心しました。
C社は就業規則未作成で、中途入社の者と締結する基本的な雇用契約書が唯一の労働法関係ルールでした。その雇用契約書には、定年が60歳の誕生日と記載されていますが、創業当時のメンバーである2名には、この雇用契約書はありません。T社長は、密かにインターネットから就業規則のひな形を入手し、定年と定年後再雇用の基準を記載しました。そして完成した規則は、若手社員に意見書を書いてもらい、管轄の労基へ届出もすませました。
それから2ヶ月後、2人を呼び出したT社長が就業規則を見ながら、定年と退職金支給の説明を始めました。2人とも最初は驚いていましたが、T社長の話が終わると「そんな話は聞いていない、だいたい定年なんて話は一度もしたことがないじゃないか、それに今では再雇用制度もあると聞いている、退職金も少なすぎる…話にならない…」2人は完全に対決姿勢となりました。
相談事業所 組合員企業C社の概要
-
- 創業
- 平成2年
- 社員数
- 6名 パートタイマー 2名
- 業種
- 内装工事業
- 経営者像
創立20年を迎えたC社のT社長は55歳、まだまだ血気盛んで、元気に現場に出ています。一時は落ち込んだ業績も回復基調にあり、今年は20代の社員を2名採用しました。事業拡大に向けて、会社の若返り化を図ろうとしています。
トラブル発生の背景
T社長の画策は、果たして吉と出たのでしょうか。T社長の就業規則制定の手順は明らかに間違いであり、問題の2人への説明も唐突でした。
確かに問題社員だったのでしょうが、当人たちの心を理解する努力があれば、大きな問題にはならなかったかもしれません。だまし討ちのような社長の態度は、他の社員にも影響がありそうです。
経営者の反応
「冗談じゃないよ」案の定、2人の社員は、事務所内で愚痴をいっています。他の社員たちは、同情するしかない状況です。そこへT社長が現れました。「再雇用の基準の中には、“過去に懲戒処分を受けていないこと”というのがある、君たちは、いったい何枚の始末書を書いたと思っているのだ!会社がそれでも雇わなければならない義務などない」と怒鳴りつけました。
「だったら、解雇ということですよね、65歳までの賃金を払ってくれるのなら辞めてやりますよ、いきなり定年といわれても、俺たちにも生活がある、退職金規程がないから金額はいくらでもいいなんて、ちょっと都合よすぎませんか」1人が反論すると「ないものはない、決まりがないのだから決めようがない、これまでの自分たちの言動を反省するんだな」T社長も負けていません。「これじゃ話にならない、監督署に行くか、弁護士に相談するか、こちらも考えますからね」と2人は会社を出ていきました。T社長は、残った社員たちに向かい「彼らがいなくなった方が、皆も仕事がしやすいだろう?」と意見を求めましたが、誰も返答しませんでした。「まぁいい、俺のやり方が正しかったことがいずれわかる、事後となったが、最強の専門家にサポートを頼むしな…」と最後まで強気のT社長でした。
弁護士からのアドバイス(執筆:開本 英幸)
近年、使用者が定年後の再雇用を拒否する事案をめぐっての裁判例が増加しています。
定年については高年齢者雇用安定法という法律があり、同法は60歳より低い定年制度を禁止するとともに、65歳までの雇用継続確保措置を義務づけ、使用者は定年の引き上げ、継続雇用(高年齢者が希望するときは定年後も引き続き雇用する制度)、定年制の廃止のいずれかの措置を講じなければなりません。現実的には、多くの企業が継続雇用制度を導入しており、C社も同制度を導入したのですが2名の社員との間でトラブルとなっています。
法律論に入る前に、T社長の問題点を指摘しておく必要があります。一つ目は、2名の社員について雇用契約書を作成しておらず、かつ就業規則も予め作成していなかったこと、二つ目は、専門家への相談を事後としていることです。残念ですが、労使紛争はこれを予防するという発想がないと、使用者にとって不利な結論となることが多いといえます。紛争を予防するために、専門家の指導のもと、雇用契約書及び就業規則を作成すべきでした。そして、労働者側の権利意識が強まっていることからも、特に労働者の雇用を終了させるというアクションを起こす場合には、予め専門家に相談をするべきでしょう。
では、T社長の言い分と2名の社員の言い分のいずれが正しいのかを検証してみましょう。
定年の効力とは?
定年制は、定年到達によって労働者を退職させるか、解雇する制度ですが、日本における長期雇用システムの下では、労働力の新旧交替を図る合理的な制度とされ、この制度自体は適法と理解されています。一般的に、定年制は就業規則によって設けられる制度ですので、もともと就業規則が作成されていない場合(雇用する労働者が常時10人未満の場合に就業規則の作成義務はありません)には、これを作成しない限り定年制は存在しないこととなりかねません。
一方、C社のように就業規則を新設して定年制を導入した場合に、その定年制はC社の社員を拘束するのでしょうか。これは、定年制がよいかどうかということではなく、就業規則を新設した場合に、労働者にその就業規則の効力が及ぶのかという問題です。
この点、就業規則の作成については、使用者は、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合と、そのような労働組合がなければ、労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければなりません(意見聴取義務・労基法90条1項)。また、就業規則は、常時見やすい場所に掲示する、備え付ける、書面を交付する、コンピュータを使用するなどの方法によって労働者に周知しなければなりません(周知義務・労基法106条1項)。特に、労働者に対する周知を怠ると、当該労働者に対して就業規則の効力は及ばないこととなります(労契法7条、フジ興産事件・最二小判平15・10・10労判861?5)。
本件のC社は、労働者の過半数を代表するとはいえない若手社員からしか意見聴取をせず、また、作成された就業規則の周知もしておりません。このため、定年制と再雇用制度を内容とする就業規則を作成しても、2名の社員は拘束されないものといえます。
2名の社員は不当解雇に該当するのか?
定年制が2名の社員を拘束しないということは、法的に、この2名にとって定年制は存在しないことを意味します。そして、法的には存在しない定年制を理由に、60歳に到達したことを理由として出社を拒否することは、実質的にみて2名の社員に対する解雇と理解されるでしょう。この点、労契法16条は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と定めています。このため、定年制が法的に存在しない以上、このような解雇は許されず、不当解雇と評価されることとなります。
それならばと、T社長が「納得はしないが、法的にみて定年制が無効なのは分かった。ただ、この2名は業務上の態度が悪く、始末書を何枚も書いている。顧客からクレームも寄せられている。これらを理由に普通解雇したい。」という気持ちになった場合はどうでしょう。しかし、職務遂行能力の欠如を理由として解雇した場合には、職務遂行能力が「著しく」欠如し、かつ、改善是正の機会を与えるも今後改善の見込みがないときに、解雇が有効とされると理解されています。本件のような事情では、職務遂行能力が良好ではなかったと認められたとしても、本件では解雇を正当化するほどではないという評価がなされるでしょう。
退職金規程も支給実績もない会社の退職金額は争えるのか?
最後に、2名の社員が、法的に解雇が無効であったとしても、T社長に愛想を尽かして退職をする場合には、退職金の支給が問題となります。2名の社員は、「退職金規程がないから金額はいくらでもいいなんて、ちょっと都合よすぎませんか。」と述べているのですが、この点についてもT社長の理解が誤りなのでしょうか。
退職金を支給するのかどうか、また、どのような基準で支給するのかについては、使用者の裁量に委ねられています。一般的には就業規則等の明文の規程により退職金制度が整備されているのですが、就業規則がない、就業規則があっても退職金規程がないという中小企業の場合には、退職金の支払義務はないものといえます。ただし、明文の規程はないものの、一定の基準で支給するという労使慣行が確立している場合には、その労使慣行に従うこととなります。そうすると、退職金の問題については、T社長の言い分が正しいといえます。しかし、T社長は労働法の理解に基づいた対応をしたわけではなく、偶々労働法の理解に合致したにすぎないものと評価すべきでしょう。
社会保険労務士からのアドバイス(執筆:和田 繁彦)
平成18年4月改正「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」、以下「高年齢者雇用安定法という。」が実施されてから5年目を迎えようとしています。年金支給開始年齢の引上げに伴い、65歳までの雇用確保を目的に定年の引上げや継続雇用制度の導入を企業に義務付けました。ただ、同法は事業主に対する実施義務を定めたもので、事業主と従業員の雇用にまで効力が及ばないことから、再雇用をめぐるトラブルが多発し、地位確認を求める提訴も相次いでおります。
T社長は、創業当時からの社員(58歳、59歳)の協調性、勤務態度に問題があり、定年退職(60歳)で再雇用しないと考えておられるようですが、いくつかの問題点があります。問題点として、?雇用契約書を作成していないのであれば、口頭で定年は満60歳である旨、周知していなかったこと。?就業規則の作成届出に当たって、全社員に周知し、社員代表から意見を聴取していないこと。?就業規則で一方的に再雇用の基準を定めることは、労使間の協議があったとはいえないこと。
上記が欠落していたことにより、案の定、トラブルになった訳ですから、2人に対しては、今後、丁寧にそして真摯に対応していくことが求められます。
ご両人は、「…今では再雇用制度もあると聞いている、退職金も少なすぎる…」と話していることから、定年制があることは理解しているかと思いますので、再雇用の基準作りに当たっては、会社側の恣意的な判断を排除するために労使間の協議により客観的、具体的に基準を設けることが肝要です。一般的な基準に関する例として、?「働く意思・意欲」に関する基準。?「勤務態度」に関する基準。例えば懲戒処分該当者でないこと。?「健康」に関する基準。?「能力・経験」に関する基準。?「技能伝承」に関する基準などが挙げられます。C社の2人に関していえば、基準の中に「協調性のある者」「勤務態度が良好な者」を設けることについては、法の趣旨に照らせば、より具体的かつ客観的な基準を定めることが望ましいとしながらも、労使間で十分に協議の上、定められたのであれば、同法違反とまでいえないとしています。つまり、使用者側にある程度の裁量権のあることが承認されているのです。また、基準の中で適切ではないとされているもので、男性(女性)に限る、組合活動に従事していない者等、男女雇用不均等、公序良俗、不当労働行為に該当するおそれのあるものは、適当ではないとしています。
再雇用の基準は、十分な労使間の協議により決定し、継続雇用の希望については、定年に達する6ヵ月から1年前に、早いところでは2年前に比較的余裕のある段階から計画的な運用を図り、基準に合致しない社員については、あらかじめ面談により、十分説明し理解を得るようにしておきます。遅ればせながら、C社の2人についても同様の措置をとる必要があるでしょう。定年を理由に60歳で退職させた場合、直ちに無効となるものではありませんが、所定の基準を満たす者は、これが労働契約の内容となり、再雇用拒否は、債務不履行に該当、地位確認、賃金支払等の請求が認められる可能性があります。よって、T社長が2人解雇するのであれば、現実的な代償措置として、退職金の割増し、解決金の加算を検討し、改めて話合うことも一考です。
また、T社長には、他の社員のモチベーションへの影響を考え、柔軟な姿勢に転じ、問題2人が再雇用を希望するのなら、定年退職後再雇用を受入れ、改めて労働条件を設定し雇用契約を締結します。再雇用に当たっての処遇の根拠として次の条文を設けて明確にしておくことが必要です。
(職務・賃金の再設計) 第○条 満60歳に達した社員は、身体的条件や心理的ニーズに合うように作業の方法、職務の内容、作業環境など諸条件を見直し、人に仕事を合わせる職務の再設計を行う。 2. 賃金体系は、仕事の役割・貢献度を基軸とした職務給を採用し、在職老齢年金、高年齢雇用継続基本給付金を有効活用する。 |
定年後の再雇用は、新たな労働契約の締結として、その内容につき双方の合意を要することから、強引な労働条件の変更にならないように、十分に社員と話合い、雇用契約を締結することが必要でしょう。なお、合意に関する採用の自由は、使用者に留保されており(雇用人員と経営のリスク責任)、合意が強制されるものではありません。
税理士からのアドバイス(執筆:中川 智)
一時景気が持ち直したかにみえたリーマンショック前までの数年、大企業では、確定拠出年金(日本版401K)の導入や、退職金自体を廃止し給与に上乗せ支給する退職金の前払い制度を導入する動きもありましたが、試行錯誤の連続で、制度自体未だ過渡期の段階といえます。
また、長引く不況と終身雇用制が崩壊していく中、制度設計のみならず廃止をも視野に入れ、全面的に退職金を見直す企業が増えています。
このようななかで、今なお退職金が根強く残っているのは、過去の雇用慣行もさることながら、退職金の税制上の有利性がその理由として挙げられます。
?退職金は所得税法上退職所得に分類され、給与等の総合所得とは別に20%の税率で分離課税されます。(所法30条)
?退職所得=(退職金?退職所得控除)×1/2 で計算されます。
?退職所得控除=勤続年数×40万円(20年超の場合70万円)
仮に、勤続年数40年の会社員が退職し、退職金2、000万円の支給を受けた場合でも所得税は課税されないことになるのです。
平成23年度税制改正大綱では、勤続年数5年以内の法人役員等の退職金については、2分の1課税を認めないというこの退職金の有利性を制限する改正が行われています。
次に、企業側から見た退職金制度の動きを見てみましょう。
税制上の退職給与引当金(退職金の要支給額の40%相当)の廃止から、会計基準に基づく退職給付引当金(退職金の要支給額100%)の計上へとの流れから、退職給付引当金の計上が義務付けられた大企業の退職金リスクは顕在化しましたが、逆に退職給付引当金の計上が義務付けられない中小企業の退職金リスクは、オフバランス(決算書上に表示されない)になることで潜在化してしまいました
退職金の積立方法については、内部で資金を準備する方法もありますが、よほど財務内容がしっかりしている会社でない限り、自社で退職債務の全額を用意するのは現実的には難しいでしょう。
従来、外部で非課税積立てが認められる中小企業向け退職金制度としては税制適格年金の存在がありました。しかし、既に新規契約はできず、既存契約も平成24年3月までに他の制度に移行するか、解約しなくてはなりません。
税制適格年金からの代表的な受け皿としては次の制度が想定されます。
?中小企業退職金共済制度
?特定退職金共済制度
?確定拠出年金(日本版401K)
?確定給付企業年金(規約型)
?生命保険会社の福利厚生プラン等の商品
税制適格年金からの移行が最も容易かつスムーズな制度としては「中小企業退職金共済制度」がお奨めです。一般企業で資本金3億円以下又は常用従業員数300人以下等の規模の制限はありますが、移行にあたって基本的に複雑な経理作業は発生しません。
特定退職金共済制度は制度主体が商工会議所や商工会等であることが特徴で、細部は異なるものの、中小企業退職金共済制度と基本的にはあまり変わりません。
最近注目の確定拠出年金ですが、転職・離職の際に積み立てた年金資産の移行ができるポータビリティと、掛金全額が小規模企業等掛金控除の対象になるという税制上のメリットが一番の特徴でしょう。
確定給付企業年金(規約型)は税制適格年金のモデルチェンジ版と言えます。
会社が保険会社や信託銀行に制度運営を委託する制度で、給付に必要な資金準備が出来ているか毎年確認できる点に安心感があります。
役員については、生命保険を活用して役員退職金を、意することはよくあることです。
商品の有利性から見直され全額損金が認められない生命保険商品も増えていますが、役員のみならず従業員の退職金原資を個人年金や生命保険を利用して用意する企業も増えてきています。
今後ますます、企業と社員の両方が幸せになる退職金制度の制定、および見直しと、複数の制度の中から一つを選択、または複数を組み合わせて、退職金原資を確保する工夫が求められる時代となっていくことでしょう。
社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット北海道 会長 安藤 壽建 / 本文執筆者 弁護士 開本 英幸、社会保険労務士 和田 繁彦、税理士 中川 智