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第109回 (平成23年2月号)

パート労働法対応 
「正社員ですか…辞退します」 「なにぃ!!」

SRネット大阪(会長:木村 統一)

相談内容

K社に勤務して2年になるアルバイトのEは26歳のフリーターです。人当たりがよく、何でも器用にこなすEは、K社長からも店長達からも重宝がられ、所属する店舗はもとより、他店舗へのヘルプも十分にこなしています。
K社の幹部会議では、パートタイム労働法施行後に、アルバイトのEを社員に登用しようと決定し、Eに辞令を渡そうとしましたが、「まだ、早いですよ、もう少し修行しないといけませんし、趣味の登山もありますから…」とやんわりと断られていました。そのときは、「本人が辞退するだから、法違反じゃないな」と笑っていましたが、○店の副店長が退職して田舎に帰ることになったため、再び副店長候補としてEの社員登用案が浮上しました。J社長も同感でしたので、次の日にEを呼び出して話をすると、思いがけない言葉を聞くことになってしまいました。Eの話を要約すると、「アルバイトは働いた分だけ時間給でお金がもらえるが、社員になると責任だけ増して、残業手当がもらえない、社員達が必死に努力しているのを見てすごいとは思うが、自分が同じようにできるとは思わない、自分の性格からして、時間=賃金の方が向いている」というものでした。「わが社の社員になっても、夢も希望もない、ということか?」とJ社長が問うと、「はい、そうです」と素直に言ってのけたEでした。期待をかけていただけに、J社長はがっかりしましたが、時が経つにつれ段々腹が立ってきました。「なんだあいつは!先輩達は“バカだ”といっているようなものだ」J社長は、緊急幹部会議を招集しました。
「Eを解雇しよう…」とJ社長の言葉で始まった幹部会議でしたが、この事件をきっかけに幹部達の鬱憤が噴出してしまうこととなったK社でした。

相談事業所 K社の概要

創業
平成2年

社員数
6名 アルバイト・パートタイマー 46名

業種
飲食店【就業規則未制定】

経営者像

3件の焼鳥屋を経営するK社のJ社長は63歳、こだわりの鶏肉を使用した焼き鳥は、すでに地元では大評判で、遠方からの来店者も多くなってきました。J社長は、見込みがありそうなアルバイトを社員に登用しては、店長などの幹部職を任せています。


トラブル発生の背景

飲食店には、1日10時間以上働くアルバイトが結構いるものです。給与を比べてみると、店長と大差ない場合もあります。Eは普段から社員達の“ぐち”を聞いていた可能性がありそうです。
K社の社員達は拘束時間が長いため、固定残業制かつ全員管理職ということになっていました。このあたりの処遇にも問題がありそうです。

経営者の反応

幹部達がEの解雇に賛同すると思っていたJ社長は、中堅のT社員が「良い機会ですので、われわれの要望も聞いてください…」と切り出したことから始まった思いもかけない不平不満の嵐に巻き込まれることになってしまいました。「社長は社員にすると安心してしまって、われわれの評価や昇給について真剣に考えてくれない」「自分の給与以上に稼いでいるフリーターがいる」「このまま歳をとることを考えると不安だ」「休日出勤手当くらい出してほしい」最後に古株の社員が「われわれが満足して仕事していないと、アルバイトに社員になれ、とは言えないですよ」というと、時間のこともあり、その日の幹部会議は終了となりました。
打ちのめされたJ社長は、自宅で酒を飲みながらしみじみと考えていました。幹部社員たちの処遇はこれから考えるにしても、Eの言葉(K社の社員になっても、夢も希望もない)がどうしても許せず、Eの携帯電話に連絡して、解雇を通知しました。「俺と社員達を愚弄した罰だ」 次の日、多少の後ろめたさが残ったEへの解雇通知が問題ないかどうか、また今後の社員の処遇について相談先を探すべく、インターネットで検索を始めたJ社長でした。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:吉田 肇)

懲戒解雇の場合
J社長は、Eの携帯電話に連絡をして、「俺と社員達を愚弄した罰だ。」と解雇を通告したということですが、これが懲戒解雇の趣旨でなされたとすれば、無効といわざるを得ません。なぜなら、懲戒解雇は、制裁罰である懲戒処分の一種ですが、懲戒処分をするには、就業規則に懲戒解雇に関する定めをおき、懲戒解雇をする事由を定めておく必要があるからです。これは、他の懲戒処分(譴責、減給、出勤停止、諭旨解雇等)についても同様で、懲戒処分をするためには、就業規則に懲戒処分の種類(前記譴責等)と懲戒事由(どのような場合に懲戒処分がされるか)を定めておく必要があります。K社は就業規則を作成していませんので、懲戒処分をすることはできないのです。なお、仮に就業規則に懲戒解雇に関する定めをおいていたとしても、当該懲戒が「当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は」無効(労働契約法第15条)とされており、本件のEの発言が、社長に対する発言として不適切ということはできても、一度そのような発言をした程度では懲戒解雇をする合理的な理由があるとはみられませんし、処分の程度も重きに失して相当性はないとされるでしょう。懲戒解雇のハードルは高いと考えてください。

普通解雇の場合
それでは、J社長は、Eを普通解雇することができるのでしょうか。これは、アルバイトEとの雇用契約が、期間の定めのある契約なのか、それとも期間の定めのない契約なのかによって法律の扱いが異なってきます。

まず、期間の定めのある雇用契約の場合は、期間途中における解雇は、原則としてできません。例外的に「やむを得ない事由がある場合」には解雇することができますが(労働契約法第17条)、ここにいう「やむを得ない事由のある場合」は、期間の定めのない雇用契約の解雇における客観的に合理的な理由、社会的相当性のある場合と比して厳格に解されており、限定的な場合にのみ認められるとされています。例えば、社員が就労不能になった場合や、重大な非違行為を行った場合等がこれに当たるとされています。

本件の場合は、J社長が「わが社の社員になっても、夢も希望もない、ということか?」と問うたところ「はい、そうです」と答えたことが、この「やむを得ない事由」に当たるかどうかですが、Eの態度が、社会人として、あるいは社員の社長に対する態度として、常識を欠いている面はあるでしょうが、たとえ期間途中であっても雇用を終了させざるを得ないような重大な事由、重大な非違行為とは考えられません。

次に、Eとの雇用契約に期間定めがない場合ですが、この場合は、労働契約法第16条により、解雇は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は」無効とされます。本件の場合、EのJ社長に対する発言や、社員になると責任だけ増して残業手当がもらえないといった意見を言ったことが、解雇の客観的に合理的な理由となりうるかということですが、結論からいえば、合理的な理由とは認められないでしょう。発言の表現や、態度に不適切なところはありますが、それは、使用者が、まず適切な指導、教育を行うべきとされてしまいます。また、K社にも給与制度や時間管理に問題があると思われるので、Eを一方的に責めるわけにゆきません。

裁判例も、社員が、注意、出勤停止等の処分を受けても勤務態度を改めないどころか、かえって、上長に反抗したり、あるいは揶揄したり、愚弄するようになった事案について、自らの行為によって被告との信頼関係を破壊したとして解雇には客観的に合理的な理由があるとして有効としていますが(三菱電機エンジニアリング事件 神戸地裁平成21年 1月30日判決)、本件のように、社員の1回の不適切な言動で、それに対する注意、指導を行うこともなく、しかも、そのような言動の背景には会社の側にも問題があったという事情のもとでは、解雇に合理性があるとは認められないでしょう。本件の場合は、30日前の解雇予告がなされていない点も問題となりますが、それ以前の問題として解雇は合理性を欠き、無効とされてしまいます。

もちろん、上記裁判例のように、注意、指導、懲戒処分を繰り返しても、一向に態度を改めないようなケースについては、もはや会社との信頼関係は破壊されたとして、解雇に合理的な理由があるとされる可能性が出てきます。適切な懲戒処分を行うためにも、就業規則を整備しておくことは必要です。

退職勧奨の場合
本件の場合は、まず経営者の側に賃金制度や労働時間管理等についてお考えいただくべき点が多いと思われますが、努力をしたとしても、中小企業の場合は徹底した労務管理が難しいところがあります。他方で、小規模であるがゆえに、社員と経営者、社員相互間の信頼関係が壊れてしまった場合には、たとえ十分な指導や注意がなされてなかった場合でも退職をしてもらわざるを得ないことが、ままあります。そのような場合は、事情をできるだけ丁寧に話して、自主的な退職を促し、その代わり失業給付を早期に受けられるように離職票の記載を会社都合の退職とすることや、可能な限り退職金代わりの一時金や退職金の上乗せ等の配慮をして説得するようにしてみて下さい。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:桑野 里美)

本件の原因はEにあるのではなく、これまでのJ社長の労務管理そのものにありそうです。

Eの「社員になると責任だけが増して、残業代も払われない。労働時間=賃金の方がよい」という言葉からも分かるように、K社の正社員の賃金制度はアルバイトから見ても魅力がありません。

そもそも社員が全員管理職とすることは実際には名ばかり管理職を作ることとなり、現実的ではありません。また社員に払われている固定残業代が、実際の残業時間に見合ったものであるのかどうかも不透明です。もし、アルバイトと社員の賃金格差が時間単価で比較しても小さい上に、正社員が残業して実際に払われるべき金額が固定残業代として支払われている金額との差し引き額よりも下回っているとしたら、「普通に残業代を計算してもらえるアルバイトの方がよい」、「正社員になれば残業は付かないし責任だけ重くなって、馬鹿馬鹿しい」というのも仕方がないことでしょう。どうやら、K社における正社員の賃金の見直しは必至です。

賃金の意義は大きく二つあります。一つは労働に対する対価としての意義、二つ目は一定の生活を維持するに足る収入を充足する生計費としての意義です。この二つは相互に関連し合うものです。

労働者の立場でいえば、当然生活を支える資源ですから生計費としての側面を重視します。働きぶりに応じた評価を受け、それに応じた処遇を受けると同時に生活を維持できるだけの水準で賃金が保障されるようにすることを望みます。これは使用者にとっても人材の確保などの観点から大切なことです。

反対に、使用者側は付加価値を賃金として、どのくらい労働者への配分できるかに重点をおきます。中小企業の賃金制度は経営をめぐる外的環境の変化に柔軟に対応できるものでなければなりません。

中小企業はその特性を生かし、個々の労働者の働きぶりや個人的な事情を良く把握して様々な要件に見合う賃金制度であるのが理想です。つまり、労働者が十分満足な生活ができる金額と使用者が資本から分配する賃金額が公正な評価によって処遇され支給されるという両者の理想が噛み合えば言うことはありません。しかし、これがなかなか難しいのです。誰からみても100%満足できる賃金制度の導入は、かなり難しいと言わざるを得ません。だからといって開き直るのではなく、なるべく理想に近づけるように十分に検討する必要があります。

K社は現在どのような賃金制度なのか詳細は不明ですが、まずは労働に見合った形で適正に配分されている制度なのかどうかを判断する必要があるでしょう。

労働時間だけでなく、労働の内容に見合った賃金にするためには、公正な評価が確立されていることが大前提です。人事制度と賃金の関係は、裏を返せば、賃金の決定方法や賃金制度の運用方法が評価をする者の裁量次第で変動することを意味します。

K社幹部社員の意見からは、正社員にとっては働きぶりに応じた評価を受けられていないという不満があるようです。K社においては、評価をどうやら社長一人で行っている、もしくは、社員になればまったく評価をしなかったのかもしれません。仮に評価していたとしても、その基準はあいまいで、評価を昇給などに反映させることもなかったと思われます。

評価基準が不透明で、幹部社員にもオープンにはなっていない。評価が公平、公正でなく、社長の恣意的なものになっているという印象を労働者が持てば、それだけで社員のモチベーションダウンは必至です。いくら懸命に働いても評価されない、給料が変わらないとなると、意欲を保つのはよほどその仕事そのものに魅力がないと難しいでしょう。K社においては企業(社長)が望む社員像=社員の能力を明確にし、社員をどう育てていくのか、またその能力評価を適正な方法で実施し、どのように賃金に反映できるのかを透明化することで、労働者のモチベーションを保持していくことが大切です。これが達成できれば、アルバイトからの正社員化にも希望を持つ者が出てくるでしょう。

限られた資金と人材で事業が運営されている中小企業だからこそ、労働者の能力を十分に発揮してもらえるような環境づくりが必要です。

K社はせっかくの優秀な人材を、社長の一時的な感情で失おうとしています。これからは、魅力ある人事制度と賃金制度を確立すること。そして、アルバイトにもその人事制度を応用する形で、適切な評価制度を導入して、正社員登用制度として確立することで、優秀な人材の確保と育成を目指してもらいたいものです。

税理士からのアドバイス(執筆:香取 圭)

K社では、アルバイトEを社員に登用しようと考えましたが、固定残業制である管理職という処遇に不満がありE氏が社員登用を断った。それが発端となりK社のJ社長よりEに対して解雇を通知したことが本件の背景にあります。

まず、本件と直接関係のある解雇予告手当について、次に社員に店舗分けして、独立開業させた場合の税務上の留意点について解説します。 所得税法基本通達30-5では、解雇予告手当について次のように規定されております。『「労働基準法第20条?解雇の予告?」の規定により使用者が予告をしないで解雇する場合に支払う予告手当は、退職手当等に該当する。』したがって、この解雇予告手当は退職所得となります。(所法30条)

退職所得金額の計算は、退職手当等の収入金額から退職所得控除額を差し引いた残額を2分の1して算出します。退職所得控除額は、以下の勤続年数を基準として計算します。

勤続年数 退 職 所 得 控 除 額
20年以下の場合 40万円×勤続年数・・・・80万円より少ない時は80万円
20年を超える場合 70万円×(勤続年数?20年)+800万円

 

次に、社員に店舗分けして独立開業させた場合、会社を設立して事業を営むのか、個人事業主として事業を営むのかという問題があります。

個人事業主は基本的に税務署に開業届けを提出することにより、事業をはじめることができます。一方、会社の場合は法人設立という所定の手続きを行った上で、税務署等へ開業届などを提出して事業を開始することになります。したがって事業開始までに少し時間がかかること、そして法人設立に約30万円程度かかるという点が大きな違いです。しかし法人化にする最大のメリットは税金対策にあります。

税金対策については『所得税と法人税の観点』と『消費税の観点』から考察してみようと思います。

まずは、『所得税と法人税の観点』から税務上のメリットとデメリットについてご説明します。

(1)経営者の給料
【個人事業主の場合】
経営者自身の給与を必要経費にすることはできません。
【法人の場合】
法人税法の規定による一定の給与について損金に算入することができます。(所法34条)

(2)経営者家族への給与
【個人事業主の場合】
税務署への届出により事業専従者という条件で親族に支払う給与のみ必要経費となります。(所法57条)
【法人の場合】
一定の要件はありますが、役員としての責任に見合う報酬もしくは労働の対価に見合う額の給与を支払うことができます。

(3)経営者への退職金
【個人事業主の場合】
事業主または事業主と同一生計内の親族へ退職金を支払うことはできません。ただし、中小企業基盤整備機構の小規模企業共済というら制度を利用することができます。
【法人の場合】
経営者または経営者家族へ退職金を支払うことができます。

(4)事業用資産の賃料
【個人事業主の場合】
事業主または事業主と同一生計内の親族への支払賃料は必要経費になりません。(所法56条)
【法人の場合】
社会通念上一般的な額に関して損金に算入することができます。

(5)生命保険料
【個人事業主の場合】
事業主を被保険者とする保険料は必要経費とはならず保険料控除に該当します。(所法76条)
【法人の場合】
代表者を被保険者とする保険料については、一定の要件で損金に算入することができるものがあります。

(6)交際費
【個人事業主の場合】
事業に関連する交際費はすべて必要経費となります。
【法人の場合】
一定の限度額までしか交際費を損金算入できません。

(7)繰越欠損金
【個人事業主の場合】
繰越損失を3年間しか繰り越すことができません。
【法人の場合】
欠損金として7年間繰り越すことができます。

上記のような観点から個人事業主として事業を行うか、法人を設立して事業を行うかを検討する必要があります。

次に『消費税の観点』から検討します。

消費税には免税期間という制度があります。それを最大限に利用する方法として、開業後2年間は個人で事業を行い、その後法人成り(資本金の制限があります。)することで4年間消費税の納税を免除されることが可能になります。

根拠は消費税法9条にあり、要約しますとその課税期間の基準期間(個人事業者は前々年、法人は前々事業年度)における課税売上高が1,000万円以下の事業者は、課税事業者を選択した場合を除き、その課税期間の納税義務が免除されます。個人・法人とも3年目(3期目)は1年目(1期目)の課税売上高が1,000万円を超えた場合、消費税の納税義務が発生いたします。以上により少なくとも4年間は消費税を免除できる可能性があります。

店舗分けに際して、個人で事業を行うか法人で事業を行うか税務上の観点も一つの指標として判断されてはいかがでしょうか。

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SRネット大阪 会長 木村 統一  /  本文執筆者 弁護士 吉田 肇、社会保険労務士 桑野 里美、税理士 香取 圭



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