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第10回 (平成14年12月号)

会社の商品を横流しした社員の懲戒と今後の管理体制強化

SRアップ21福島(会長:渡邊 勝善)

相談内容

H社は経営者であるO社長が若く、社員数も少ないことから、職場の雰囲気は、まるでサークル活動をしているような感じです。 同業他社との熾烈な競争に打ち勝てるように、店舗の造作や品揃えには操業当初から”こだわり”を持ち、接客についても他社との差別化を図るべく、O社長の発想がいたるところに活かされているようです。
ある日H社の経理担当社員からO社長に話がありました。 「はっきりはしませんが、携帯ストラップなどの小物の仕入れと売上がなんとなく合わないような気がします。」 さっそく調べてみると、たいした数ではないようですが(きちんとした帳簿になっていないため伝票から調べたようです)、毎月20?30アイテムの商品の仕入れ数と売上数に誤差があるようです。
社員を疑いたくはなかったのですが、不正を見過ごすわけにもいかず、犯人探しを始めたところ、職場自体が険悪なムードになってきました。
1ヶ月のうちに数名の社員が退職し、残った社員のモチベーションも低下しています。

相談事業所 H社の概要

創業
平成12年

社員数
23名(パートタイマー 3名)

業種
携帯電話、関連機器、装飾品の販売  

経営者像

36歳、学生時代から飲食店等の経営に携わっていた。34歳でH社を興す。営業中心で管理業務は不得意なタイプ。


トラブル発生の背景

O社長はその運動会系のノリで、社員をうまくまとめていました。 その結果、会社というよりは仲良しグループの傾向が強くなってしまい、職場に必要な厳しさがありませんでした。
また、今回の事件で社長に対する不満、社員同士に疑心が発生し、職場の雰囲気が気まずいものになってしまいました。 果たして犯人探しをして良かったのかどうか、犯人が見つかった場合に「どう対処するのか」など、O社長は考えていなかったようです。

経営者の反応

単に商品盗難の事実を社員たちに告げて、「犯人は申し出るように」という言葉で終わったために、社員たちに動揺が走りました。 社内でひそひそ話が増え、活気が消滅してしまったような感じです。
このような雰囲気に絶えられず、営業マンや受付けの女子社員が次々と辞めていきました。 O社長は、これ以上人材が流出するのをなんとか防止しなければなりません。
弁護士に相談すればよいのか、社会保険労務士に相談すればよいのか、迷っていたところに、SRネットのパンフレットが目に止まりました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:鈴木 康元)

会社が仕入れた商品を誰かが着服した場合には、着服した者が会社内部の人間か外部の人間かを問わず窃盗罪(刑法235条)が成立します。
この点、会社内部の人間が着服した場合は業務上横領罪(刑法253条)が成立するのではないかと思われる方もいるかもしれませんが、窃盗と横領は目的物の占有が他人にあるか(窃盗)、自己にあるか(横領)、で区別されることになります。
よって、この事件の場合には、仕入れた商品が会社の管理下にあり、占有も会社にありますので、社員が着服する場合も窃盗罪となるのです。

さて、H社のO社長は、犯人を積極的に探すべきだったでしょうか。 もちろん、窃盗罪は立派な犯罪であり(10年以下の懲役)、会社内で堂々と犯罪が行われたのであれば、これを見過ごすことはできません。
しかし、犯罪が行われたと考えるならば、その被害事実を明確にしなければなりません。「殺人があった」と言うのであれば死体がなくてはならないし、「窃盗があった」と言うのであれば、今まで有ったものがなくなっていなければならないのです。
この事件では、伝票から調べたところ仕入れ数と売上数に誤差があるというにすぎず、「窃盗の被害にあったという証拠すら明確になっていない」と言わざるを得ません。すなわち、一部伝票が紛失したり、伝票の数字が間違っていていたということも十分有り得るからです。少なくともO社長には、経理担当者から不正があったようだと指摘を受けた後に、帳簿をきちんと付けさせて、仕入れ数と売上数を正確に管理し、それでも誤差が出るようであれば、初めて窃盗の被害を疑ってかかり、その後で犯人を探そうとするくらいの慎重さが求められたのです。

O社長は窃盗が行われたという明確な証拠もないまま、商品盗難の事実と「犯人は申し出るように」とだけ社員に告げましたが、これは間違った行為です。 社員にしてみれば、O社長がいかなる証拠に基づき窃盗が行われたと断言したのか考え、悩むのは当然のことです。社内の雰囲気が悪くなってこれも当然です。
O社長は自分の先走った行動に対する非を認め、全社員に対し「明確な証拠もなく、皆を疑って申し訳ない」と素直に詫びるべきでしょう。 会社のトップが社員の前で詫びるというのは、一般の企業では勇気のいることかもしれませんが、サークル活動をしているような雰囲気をもったH社であればこそ、可能ではないでしょうか。少なくとも、今の時点でこれ以上の犯人探しを続けることは止めるべきです。
もしも犯人探しを続け、誤って無実の社員を犯人扱いするようなことになれば大変なことです。
その社員からH社が名誉毀損により損害賠償や社会的評価を回復させる何らかの処分(現状回復)を求められることも考えられ(民法723条)、そのようなことになれば人材の流出どころか、会社が危機的な状況に陥ってしまいます。

一方、その後に犯人が名乗り出たり、あるいは商品を窃取する現場を目撃する等により犯人が見つかった場合、O社長はどのような処置をとるべきでしょうか。 前者の場合は社員をいたずらに責めるのではなく、今後は二度としないことを誓わせ、けじめをつけるためには何らかの懲戒処分(訓告、謹慎、減給、出勤停止等)を行うべきです。
この場合の懲戒自由は「職務上の不正行為」ということになり、一般的な就業規則には列挙されていると思われます。 後者の場合は、O社長は毅然とした態度でなぜ不正をしたのかを犯人に問いただし、その社員が謝罪や反省の態度を示した場合は、社員自ら名乗り出た場合と同じような処置をすべきでしょう。これに対して、不正を行った社員が、開き直って悪態をついたり、まったく改悛の情が見られないときは、窃盗犯として警察に告訴したり、被害届を出すこともやむを得ないと思われます。
さらに、反省のない社員については「職務上の不正行為」を理由に懲戒解雇が可能です。 茨城交通事件(昭和47年11月16日 水戸地裁)では、バスの乗務員がそれほど多額でない金銭(当時100円)を着服したことを咎められたのに対して、反省の色をしめさなかったために懲戒解雇された事案について、解雇は有効とされました。
O社長には以上の点を踏まえて、適切な判断のもとに今不祥事の後始末をするようにアドバイスしました。 なお、今後のH社の対策については、社会保険労務士と税理士に任せます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:星 規夫)

会社とは事業目的を達成するための組織であり、組織には必ずルールが必要になります。今回の事件のように、犯人が見つかって懲戒処分とする場合でも、懲戒の内容が成文化されていなければなりません。
通常の労務管理に関する取り決め=ルールが就業規則となり、これをいかに運用するのかが、それぞれの会社の労務管理手法です。 ルールがない、あるいはルールが守られていなかったら、会社の目的達成は困難になります。
また、発生した事案ごとに場当たり的な対処をする可能性も大です。 H社の場合は、いわば会社の憲法である就業規則が未作成ですので、まずはここから取組まなければなりません。さらに必要に応じて、就業規則則運用マニュアル的なものも必要でしょう。

 

まずは、O社長はじめH社の幹部職員の勉強会を実施しました。

就業規則は、労働者が事業場で就業するうえで守らなければならない規律及び労働条件に関する事項を具体的に明示したものです。
就業規則には、労働者が安心して働ける環境を作る効果があり、使用者に対しては、事業場内の秩序が保たれ、労働者を適切に管理することにより企業活動がより効率的に行われるようになるといった効果があります。
労使それぞれに関する権利と義務を明確にすることにより、労使関係のより円滑な運営が可能となり、言葉の行き違い等様々な理由により生じる無用なトラブルを最小限に抑えることができます。
就業規則は、事業場で働く労働者の数が、常態として10人以上である場合には作成し、これを所轄の労働基準監督署長に届け出る必要があります。この就業規則の内容を変更した場合においても、変更した内容について届け出なければなりません(労働基準法第89条)。
就業規則は、原則としてその事業場のすべての労働者に適用されます。 事業場では、正社員の他にもパートタイムー、アルバイト、嘱託社員等様々な労働者が働いておりますが、就業規則はこれらすべての労働者に適用されます。しかし、正社員、パートタイマー、アルバイト、嘱託社員はそれぞれ異なる勤務形態、賃金体系にあることから、1つの就業規則をすべての労働者に一律に適用すること自体に無理が生じる場合があります。このような場合には、それぞれに適合した就業規則を作成する必要があります。
就業規則については、作成にあたり、必ず記載しなければならない項目が次のように定められています。 (1) 始業・終業の時刻、休憩時間、休日並びに労働者を2組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項 (2) 賃金(臨時の賃金等を除く)の決定、計算および支払の方法、賃金の締切および支払の時期並びに昇給に関する事項 (3) 退職に関する事項 また、定められていなければ就業規則に記載する必要がありませんが、定められている場合には就業規則に記載する必要のある事項には、次のようなものがあります。 (1) 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算および支払いの方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項 (2) 臨時の賃金等(退職手当を除く)および最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項 (3) 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項 (4) 安全および衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項 (5) 職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項 (6) 災害補償および業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項 (7) 表彰および制裁に関する定めをする場合においては、これに関する事項 (8) その他事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項
(1) 始業・終業の時刻、休憩時間、休日並びに労働者を2組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
(2) 賃金(臨時の賃金等を除く)の決定、計算および支払の方法、賃金の締切および支払の時期並びに昇給に関する事項
(3) 退職に関する事項

 

 

また、定められていなければ就業規則に記載する必要がありませんが、定められている場合には就業規則に記載する必要のある事項には、次のようなものがあります。

 

(1) 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算および支払いの方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
(2) 臨時の賃金等(退職手当を除く)および最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項
(3) 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項
(4) 安全および衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項
(5) 職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項
(6) 災害補償および業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項
(7) 表彰および制裁に関する定めをする場合においては、これに関する事項
(8) その他事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項

 

就業規則の作成・変更は、使用者が一方的に行い得るものですが、そうした場合、労働者の意見が十分に反映されなかったり、労働者と使用者の双方が守るべき規則であるにもかかわらず、労働者がその内容をまったく知らないといった事態が生じてしまいます。
このような弊害を取り除くために、労働基準法では労働者の意見を聴くように規定しています。

就業規則を作成ないし変更する場合には、労働者に就業規則を周知することを目的として、使用者に就業規則を常時各作業場の見易い場所に掲示又は備え付けることを義務づけています(労働基準法第106条第1項)。
これは、労働者の権利及び義務をあらかじめ労働者に知らせることで、労使間の無用なトラブルを防止するために使用者に義務付けているものですから、就業規則を管理職だけが持っていて、労働者はなかなかそれを見ることができないというのではいけません。

就業規則は、事業場における労使の権利と義務を明示したものですから、その事業場の実態にあったものでなくてはなりません。
例えば、労働時間や休日が労働時間短縮の関係で変わっているのにもかかわらず、従前のままにしておくと、何か問題や疑問が生じて就業規則を調べても実態と異なったものであるならば、問題の解決にはなりません。就業規則は事業場における法律ですから、常に実態に則したものとなるようにし、実態と異なる点があれば、労働者と十分に話し合った上で就業規則を変更する必要があります。
また、雇用形態が同じであるのに、労働者ごとに就業規則の適用の仕方を変えていたのでは、せっかく作成した就業規則も労働者にとって信じられないものとなってしまいます。
このような疑念を招くことのないように、就業規則の運用を適切に行うことが使用者には求められます。

以上を説明し、H社においても就業規則を早急に作成することとしました。
これにより、労使間のトラブルが防止できるとともに、社員が安心して働ける魅力ある職場環境が形成され、社員のモラールの維持および人材の確保が達成されるはずです。

税理士からのアドバイス(執筆:澤村 正夫)

O社長に対しては、今回の事件が発生した要因として、帳簿体系の不備と在庫管理の怠慢を指摘しました。
また、帳簿体系の不備と在庫管理の怠慢は、ひとつの事象のようではありますが、これらは企業経営の根幹を揺るがしかねない内容と言えることをきつく申し渡ししておきました。
なぜならば、商法第32条”商人は営業上の財産および損益の状況を明らかにするための会計帳簿および貸借対照表を作ることを要す”、さらに商法第33条”会計帳簿には左の事項(省略)を整然かつ明瞭に記載することを要す”となっています。 言い換えれば、この事件を発生させるような帳簿の不備は、企業経営に課せられた義務を果たさず、さらに経済取引の証拠能力さえ持たないこととなります。
たまたま今回は内部における問題ですが、外部(例えば取引先や金融機関)とのトラブルにおいては、事件の事実を立証することが出来なければ、いざというときに会社を守ることが出来なくなります。事案によっては刑事罰の対象にもなりかねません。

また在庫管理の怠慢については、第一に棚卸資産は企業にとって大切な財産の一つであり、1万円の在庫商品と現金1万円は企業にとって同じ価値である、という最も重要な認識が欠如していると言えます。
このような状態が続くと、過剰在庫・不良在庫・品切れによる販売機会の喪失、さらには資金ショートを引き起こす原因となってしまいます。
そんなことになってしまうとH社の将来はありません。 H社の場合、まずは帳簿体系の整備が必要となります。 帳簿体系を整備することによって、帳簿の改ざんまでしなければ不正を働くことができなくなりますので、必然的に内部牽制制度が機能し不正防止につながります。
そのためには、まずO社長が帳簿の重要性とその目的をしっかりと認識しなければなりません。
帳簿作成の目的としては、おおむね次の内容が挙げられます。

(1) 経営の意思決定に役立つ資料を作成する
(2) 自社の収益力が把握できる
(3) 自社の財務状態がつかめるす
(4) 会社を法的に守る
(5) 適正納税に備える
(6) 対外的な信用を得る資料を作成する
(7) 取引等の記録を残す

上記のように帳簿体系を整備しつつ、特に在庫管理については次のような指導をしました。

(1) 在庫品は現金と同じであることを社内に浸透させる
(2) 実地棚卸は最低でも四半期に一度は行うこと
? 不良品等の定期的な処分 不良品や不要品を棚卸に計上しておくと本当の利益がわからなくなる。
? 帳簿上の残高と実地棚卸残高のチェック差異があれば原因を特定する。 例えば、記載ミス・盗難(外部なのか、内部の不正なのか)
(3) 在庫品の荷動きを注意し、一定期間動きのないものは個別に管理する
(4) 保管方法と保管場所に配慮する。
(5) 切手・印紙・プリペードカードも棚卸を行う

以上を定時期に確実に実施することにより、今回のような事件の再発を防止できます。 なお、前述内容の実施に際しては、実行・点検・確認の方法が重要となります。

ここで、H社で実施したチエックポイントをご紹介します。

【在庫・棚卸管理のチェックポイント】
『在庫管理』
受払台帳の記録が一定のルールのもと適正に行われている 商品等の受払の都度、入庫票・出庫票が作成され納品書・請求書との連動がされるようなルールを決め実行する
商品毎に適正在庫を把握している 過剰在庫かどうかの判断には、適正在庫の把握が必要
死に筋商品や品質の劣化した商品在庫がない 無駄な在庫はストック場所を奪ってしまいます
発注方法は商品毎に確立している 定期定量・不定規定量・定期不定量・不定期不定量など、商品にあった発注を心がける
入庫時の検品を確実に行っている 入庫時に確実な検品をすることで、不良品を排除できる
保管場所は商品毎に決まっており、整理整頓できている 効率の良い在庫管理には整理整頓が欠かせない
商品は先入れ先出しを励行している 先入れ先出し法によって、商品の鮮度を一定に保つことが出来る
保管場所の温度・湿度は適切である 劣化しやすい商品は、在庫状態にも気をつける

 

 

『棚卸管理』
棚卸のための集計用紙を準備する
棚卸は2人以上で行う 実地棚卸は複数で行う方が効率的

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21福島 会長 渡邊 勝善  /  本文執筆者 弁護士 鈴木 康元、社会保険労務士 星 規夫、税理士 澤村 正夫



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